悠長なら悠長らしく
相変わらず大学数学に追われて日々過ごしております。
そして大学の欠席率は上がってます。(だからますます数学が意味不明)
で。
いきなり話かわるけど、
先日、編入生のランチに行ったわけよ。
なんかさー、主催した人が私より2つ年下で、つまりオバサンな訳なんだけど
具合悪いのに主催した立場上いかにも無理して出てきました…って感じで
全く余裕なくて、顔色は白いし、ほとんど何もしゃべらず、
その上「私、次の時間は実験なので」と言って早々に去ってしまい。
途中から流れの先が見えたので、気を遣っていろいろ私がやりましたけど。
あまりの彼女の余裕の無さに、見ててなんか笑えてきちゃって(かなり残酷)、
いや、ホントは笑うところじゃないんだけど、
私もここまでじゃないけど傍から見たら五十歩百歩なんだろうな、と思った訳ですよ。
他人様から「その歳でもう一回大学行くなんてなんと悠長な」とか
厭味っぽく言われることがあるんだけど、
「自分のお金でやってるんだし問題ないですよね」と返しつつ腹を立てていることが多い私ですが、
他人から見たらこの場合は学費を自分で出してるとか出してないとかいうことが
問題の焦点になってる訳じゃないんだろうな、と感じることがある訳ですよ。
もう「また大学行って勉強しよう」という発想自体が浮世離れしてるっていうか。
だから学費を旦那さんに出して貰えてる彼女と私には明確な違いがあるんだと私は思ってるけど
世間的に見たら私と彼女は全然違わないんだろうと思うわけ。
で、そんな一括りの私と彼女には余裕が無いという共通点がある。
悠長なことしてるくせに、余裕なくアップアップしてるのって凄く滑稽なんだなー、
って、まるで鏡を見るかのように彼女の様子を見ながら痛感しちゃいました。
勉強がハード過ぎて体がついていかない苦しみとかを
「自分がダメだから」みたいな感じで蒼白になって自分を責めてるのを目の当たりにしたりすると、
なんかもう、むしろ醜いっていうか、私もこんな風なのかなぁ…と。
「醜い」は言い過ぎだとしても、少なくともプラス方向の印象は皆無。
私の場合非常にレベルと品質の高いポーカーフェイス仕様だから、
余裕の無さがあそこまでバレバレってことはないとは思うけど、
五十歩百歩、似たようなモンだよね、たぶん。
で。
悠長なら悠長らしくしてる方が、むしろありのままって感じがしたんだよね、唐突に。
本当は内心悠長じゃないにしても、悠長に振る舞うのが筋だと。
だったらそのように行動した方がいいんじゃね?と猛烈に内省中です。
